その様なことを考えつつ、桜司郎は沖田へ掛ける言葉を見付けられないまま、促されて部屋に戻っていった。 沖田はもう少し此処にいます、と言った。 サア…とそよ風が、桜司郎の背を見送る沖田の前髪を撫でる。土の香りが鼻腔を掠めた。 不意に沖田は口元に手を当てて、何度も咳き込む。山南の介錯をした日から、幾度もこの様に空咳や微熱が出ていた。 寒空の下に居たものだから、風邪でも引いたのだろうかと胸元を摩る。 何度か深呼吸をして呼吸を整え、少し時間を潰してから沖田も部屋へ向かった。 既に寝ている隊士を踏まないように奥の布団へ踏み入る。 隣には既に規則正しく寝息を立てる桜司郎の姿があった。その隣には山野、植髮香港 馬越の姿がある。 桜司郎は眉を顰めて寝返りをうった。その頭の中ではある夢を見ていた── 家屋が轟々と燃え盛る炎に包まれ、その中をひたすら桜司郎の意志とは関係無しに走っている。まるで誰かの身体に憑依したような光景だった。 『誰ぞ逃げ遅れた者はおりませぬかッ』 口からはそのような言葉が発せられる。 視線の先には一人の女性が複数の風体の悪い男に絡まれていた。火事や地震といった災害に乗じて狼藉を働く輩は多い。 そこへ走って駆け付け、女性へ逃げるように促す。その瞬間だった。背中に焼け付くような痛みと共に視界に火花が散る。 倒れかかりそうになるが、何とか足で踏ん張って手にした刀で男達を斬り捨てた。 そして膝を付く。 『はは、うえ……』 ポツリとそう呟いた瞬間、背後の家屋が崩れてきては身体を押し潰した。 重い、熱い、苦しい、痛い。そのような感情と共に目には涙が浮かぶ。 母を一人遺して逝く事の切なさ、志半ばで倒れることの無念さ。死んでも死にきれない、まだ死ねないと手を伸ばす。その先には薄緑があった。 柄を掴んだ瞬間、視界が真っ暗になった。その刹那、桜司郎は弾かれるようにパチリと目を開けた。すると目の前には木造の天井が広がっている。 直ぐに夢だと云うことに気付き、目元を覆うように腕を置くと深く深呼吸をした。 顔を横に向けて外を見ると、夜明けを示すようにほんのりと明るくなってきている。 同室の隊士達は布団を蹴飛ばしたり、いびきをかいたりとそれぞれまだ夢の中にいた。 桜司郎はそれらを起こさないように、枕元の着替えを取ると近くの衝立で着替える。 結紐を片手に髪は下ろしたまま、寝ている隊士を踏まないようにこっそりと部屋から出た。 ひんやりと肌に纏わりつくような涼しさと、薄明の美しさに目を細めつつ、草履を履く。口に結紐を咥え、歩きながら髪を結った。そのまま井戸の前に行き水を汲むと、何度も顔を洗う。ポタリポタリと顔の輪郭に沿って雫が地面に落ちた。 その脳裏には夢の中の出来事がやけに鮮明に浮かんでいる。焦げ付く不快な臭い、斬られた背中の痛み、最期の瞬間に感じた無念さ。そして人の肉を斬る感触すらも。 それらの全てがまるで自分が経験したかのように残っていた。 桜司郎は両手を見つめると、強く握る。