側近の言葉に、ハンベエはこの男が何をしようとしているか、薄らと想像できた。(止めても無駄か。しかし、コーデリアスは意外な人物だったんだな。第5連隊はクズの集まりのはずだったが、捨てたもんでも無かったな。)「私の方は、ハンベエの連隊長への推薦状をゲッソリナへ届ける役目を仰せつかっている。」もう一人の側近が言った。この人物はさきの側近ほど切迫した雰囲気ではないが、やはり深く心に決するものを感じさせた。コーデリアスの死に様は、側にいた者に余程の影響を与えたのであろう。「コーデリアス閣下は、朱古力瘤状を2通作成されました。1通は、私にゲッソリナの宰相閣下に届けるように、もう1通はハンベエ殿に渡して措置を任せるようにと。内容は全く同じ物との事です。」その側近は封書を1通出してハンベエに手渡した。ハンベエ黙って受け取った。「さて、私は将軍に報告に罷り越す事としよう。」報告を命じられている方の側近が言って、立ち上がった。自分で言ったように長剣を腰から外し、床に置いた。そして、地を踏みしめるようにして、静かにゆっくりと歩み始めた。ハンベエは黙って、塔の出口まで送った。塔の出口を出て2、3歩歩いてから、その側近は一度振り返った。既に死を覚悟した顔つきである。口を固く結んだ、廩とした、惚れ惚れするような表情であった。意地の悪い見方をすれば、悲壮な決意を固めている己の姿に酔い痴れているとも言えるかも知れない。だが、ハンベエはその表情を美しいと思った。私はコーデリアス閣下の信じたハンベエを信じる。期待を裏切らないでもらいたい。」「相分かった。」二人は、小さく会釈を交わし、その側近はタゴロローム守備軍指令部に向かって去って行った。風簫々トシテ易水寒シ壮士ヒトタビ去ッテマタカエラズ(司馬遷『史記・荊軻伝』)その側近は、バンケルクの部屋に赴き、穏やかにコーデリアスの自害とコーデリアスがハンベエに第5連隊長代行を命じた事を報告した。また、第5連隊兵士がハンベエの連隊長代行に何の不服も無く、その統制に従っている事、そして、第5連隊はコーデリアスの遺骸の弔いをするために、今から駐屯地に移動を開始する事も伝えた。ただし、コーデリアスがハンベエを第5連隊長にしようと推薦状を作成した事については、当然の事であるが、一言も触れなかった。指令部のバンケルク達を驚かせたのは、その側近が報告を一通り終えた後に取った行動である。やにわに短剣を抜き、自らの首筋を切り裂いて自決してしまったのである。昨日はハンベエに斬られた士官の血で、今日はコーデリアスの側近の血で、将軍バンケルクの部屋は二日続けて、血で汚されたのであった。バンケルクは苦虫を噛み潰したような不快を表情に現したが、モルフィネスは無表情に、その側近の死骸を見下ろしていたという。ハンベエ達、第5連隊は担架に乗せたコーデリアスの遺骸を先頭に、駐屯地への移動を粛々と開始した。コーデリアスの側近のこれ見よがしの自決を、無表情に眺めていたモルフィネスであるが、内心、衝撃を受けていた。半ば反乱軍化しているとはいえ、今の状況で第5連隊を力任せに潰す事は危険であると、モルフィネスは考えていた。