「そろそろ夕餉の支度せにゃぁ。山南さん、後はお願いします」「あぁ、私も行くよ。紫音さん、これ、持っていくといい」山南に差し出されたのは非常食。日持ちのする簡易な食べ物が入っていた。紫音も過去は常備していたもの。それを持たなかった自分に、つくづく油断していたなと自嘲する。二人にお礼を言って、見送ると、また新たな人の気配に紫音はくすくすと笑った。「次から次へと…忙しいですね」「しゃぁないやろ。いきなし江戸行くっちゅーねぇちゃんが悪い」現れたのは山崎だった。一通り言付けを終えた山崎は、いつものように気配を消して天井から参上した。いつの間にかねぇちゃんと呼ばれてる自分に、基金買賣くすぐったいような気持ちになる。自分を表す呼び名が増えている事が、嬉しかった。もちろんお前以外で。「聞いてえぇ?」「何ですか?」「気配を消した気配ってどんなもんなん?」胡座をかいて座る山崎は、腑に落ちないといった表情で問うた。今も気配を消していた。
なのに、いつも見破られるのは、監察として悔しかった。「うーん…どういうものかと聞かれても…そですね…。例えばですよ?そこに花瓶があるじゃないですか。元からなければそこには何もないですけど、花瓶があったと知ってれば、気付きますよね?山崎さんの消した気配を覚えたっていうのはそれです」わかったようなわからないような…何も飾られてない花瓶を見つめ、山崎は唸(うな)る。しばし考えたがわからないので、紫音の例え話が下手だという結論で己を納得させた。「すいませんね、下手くそで」まるで考えを読んだように言われて山崎は振り返る。「はっ声出してもうた?」「…出てませんよ。というか本当に思ってたんですか」心外だと言わんばかりにため息をつく。山崎はニィッと意地悪い笑みを浮かべると、腕を組んで言った。「しゃぁないわ、説明とか出来なそぉやもんな」「説明する必要、基本的にないですからね、私には「ほんま、友達おらんのやな」「否定はしませんが、何だかイラッとするのは何ででしょう?」その言葉にケタケタと笑う。ひとしきり笑うと、目尻に浮かんだ涙を拭き、小さな巾着袋を投げた。「なんですか?」「記念にとっとき」首を傾げながら袋を開ける。中に入っていた物に、思わず言葉を失い、山崎を見た。山崎はその視線を満足そうに浴びて、身軽に天井へと戻る。「ほな、元気で」「あぁ、山崎さん」「何や?」「いろいろありがとうごさいました」「ほんまや。次会う時は仕事手伝うてもらうで」「うーん…面倒臭いですね」「あはは、そう言いなや。お、うるさいのが来よるで」そう言うと、楽しそうに笑いながら天井板が閉じられた。紫音は巾着袋を弱々しく握りしめる。中には、紫音の肩から取り出したピストルの弾が鈍い光を放っていた…。「紫音!!」伺いもたてずに勢いよく襖が開けられた。玉粒の汗を光らせた原田が突入してきたのだ。あまりの勢いに、わかっていた紫音も思わず引いてしまった。「江戸って何だ!?意味わかんねぇっ俺ぁまだ一発もやってね…どぅわぁぁ!!」入るなりの言葉に、思わず斎藤から貰ったクナイを投げる紫音。あまり勢いつかなかったものの、クナイは原田の顔面めがけて飛んでいき、避けた原田の頬をかすめた。「入ってくるなりその台詞はないでしょうが。い、一発って…左之の変態」少し顔を赤くして、紫音はまたしても素を出してしまった。原田は掠めた頬にじんわり滲んだ血をぐいっと拭いて、紫音ににじり寄る。あまりの勢いにさすがの紫音もたじろいだ。「変態だぁ!?男なんだから当たり前だっ!!んな事よりっ何だよ、江戸って!?まだまともに動けねぇんだろ!?」
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