まだ飲み足りないけど、もう帰りたい。私は財布を出そうとバッグに手を入れたけれど、次の瞬間動きを止めてしまった。「桜崎さんは、きっと僕のライバルですよね?」「……」一瞬、息をするのを忘れてしまった。「……何を言ってるのか、よく意味が……」「声、震えてますよ」「……」落ち着け、私。こんな胡散臭い男に、動揺を見せたらいけない。でも、どうして?どうして、彼は私の気持ちに気付いたのだろう。「やっぱり、買基金 香港……どうして気付いたんですか」あなたは勘違いしている、と言って誤魔化せば、きっと久我さんはそれ以上追及してこなかっただろう。それでも、なぜ私の気持ちに気付いたのか聞いてみたかった。もう既にバレてしまっているのだから、必死に隠す必要なんてないのだ。「今まで、誰にも気付かれなかったのに……」「この間、初めてコンビニで君に会ったときに、君の僕を見る目に敵意を感じた。そして今日も、同じ印象を抱いた。僕に敵意を向ける理由なんて、一つしかないと思って」「……おかしいって、思わなかったの?」「僕の知り合いにはゲイのカップルがいるから、そういうことに偏見はないんだ」久我さんは、本当に顔色一つ変えずにビールを飲み進めている。気付けば私たちは、互いに敬語を崩して話していた。「同性を好きになることが非難されるようなことだと僕は思わない。不毛な恋だとは思うけどね。好きになった相手も同じ気持ちなら問題ないけど」「……依織が私を好きになることは、ないのよ」友達として大切にされていることは、わかっている。でも、それだけ。依織が私に恋愛感情を抱く日なんて訪れないことは、誰より私が一番よくわかっている。「だから、別に期待なんてしてない。ただ好きなだけ。諦めるタイミングを見失ったの」「へぇ。でも確かに、七瀬さんを好きになる気持ちはわかるよ。君は彼女との付き合いが長い分、彼女の魅力も沢山知ってるだろうし」「そうなの!依織はね……」そこでふと、我に返り口をつぐんだ。自分の気持ちを否定されなかったことが嬉しくて、つい心を開きかけてしまった。この男は、依織を狙っている要注意人物だ。危うくその事実を忘れそうになる。「続き、話していいよ」「いえ、いいです。別にあなたに依織の魅力を教える義理はないから」ペースが乱される。すぐに帰ろうと思えば帰れるはずなのに、私はビールをもう一杯注文した。この男と話したいわけではない。それなのに、今すぐ帰りたい気持ちは消え失せていた。「久我さんは、どうして依織に興味を持ったんですか?もしかして、一目惚れとか?」「初対面のときに、感じの良い子だと思ったのは確かだよ。顔も雰囲気も派手じゃないのに華やかさがあって、僕の好きなタイプだしね」久我さんが言うように、依織は決して派手な顔立ちではないのに、なぜか地味さを感じさせない。私も初めて依織に花火大会の会場で会ったとき、他にも沢山人はいたのになぜか依織の姿に目を奪われてしまった。「でもこの間食事をして二人で話して、更に彼女を好きになったよ。意外と素朴な所が可愛いと思った。思い描く未来像も似てるし、きっと相性はいいと思うんだけどね」「どうでしょうね。依織は結構ピュアだから、腹黒い久我さんとは合わないと思うけど」「腹黒いなんて、初めて言われたな。まぁ、否定はしないよ」腹黒さを全面に出すタイプではないけれど、何を考えているのか読めないタイプの人だと感じた。口に出す言葉が、全て彼の本心なのかがわからない。「依織は久我さんのこと、好きにならないと思いますよ」「へぇ、どうして?」「私にはわかるの。それに、依織に今一番近い男はあなたじゃないから」