「……良い。謹慎部屋に篭ってろ」
行け、と土方が低い声で言う。松原は一度立ち上がろうとしたが、迷うようにその場に留まった。そして手を付くと畳に頭を擦り付ける。
「……ご温情痛み入ります。やけど、最後……最後にいっぺんだけ別れを言わして貰えへんやろか。子が、病に侵されとるんや」
何度も何度も松原は頭を下げた。避孕藥 鬼気迫るそれに土方は息を呑む。だが首を横に振った。これで許してしまえば、何のために庇ったのか分からなくなる。
「……分かり、ました。無理言って、すみまへんでした」
松原は立ち上がると、廊下へ続く障子に手を掛けた。ふと思い出したようにその手が止まる。
「あの、巡察は……」
「代わりに八番組に行かせる。四番組は引率者が決まるまで行かせられねえしな」
あれは代わりとなる準備だったか、と視線を落とした。四番組の隊士にも、八番組にも迷惑をかけてしまったことやもうサエ達に会えなくなるという現実に打ちのめされる。の妻子と会うことは許されぬが、大人しく謹慎していれば直ぐに隊務へ復帰できよう。あと、脇差を貸してくれ」
「何で脇差を?」
「自害の防止だ」
その返答に松原は苦笑いをする。左腰から脇差を鞘ごと抜くと斎藤へ手渡した。
「……腹を切るのも許されへんのかぁ。手厳しいやっちゃな」
「まだあんたに死なれるのは困る。副長の思いも分かってやってくれ」
冗談や、と言いながら松原は部屋へ入る。斎藤はそれを見届けると戸を閉めた。
狭いそこは格子窓が部屋の上部に付いているだけで、部屋の中には何も無い。まるで幼少期に閉じ込められた蔵のようだと身震いをした。
松原はその場に座ると、目を瞑った。瞼の裏に ぎるのは、大切にしていた四番組の隊士達から受けたよそよそしさ、桜司郎達のこと、サエとミチのことである。
もはや醜聞により四番組の組長から外されてしまった自分に、居場所は無いだろう。
『お前は何でそう愚図なんや!ホンマに武家の子か!』
ふと縁を切った筈の父親の声が聞こえた。目を固く瞑り、耳を塞ぐ。
「……一人で居ると、余計なことばかり考えてもうてアカンなァ」
ぽつりと呟くと膝を抱えた。そして過去を思い出すように目を瞑る───
松原は 国小野藩の藩士の子として生まれ、厳格な両親の元で育てられた。時代錯誤なまでに武士として在ることを強要され、少しでも間違えたことをすれば蔵に閉じ込められたり、 に産ませた歳下の弟も居たが、嫡男である松原よりもっと酷い扱いを受けていた。似たような境遇だったからか、仲が良かったが、耐えきれなくなった松原は 後にこっそり脱藩をする。
『兄上、私も連れてってや!置いてかんといて!』
そのように泣き叫ぶ弟を置いていったことに罪悪感を覚えたが、生きることに必死で徐々に薄れていった。大阪で北辰心要流柔術の道場を開いたが、生徒はあまり集まらず生活に困窮したところ、新撰組の前身である壬生浪士組の募集に乗っかった。
色々な境遇を持つ男たちとの共同生活は存外に楽しく、やりがいを感じた。奇しくも新撰組も武士たれとしていたが、これを守ることで両親への義理立てをしている気にもなれる。
隊務へ邁進していたある日、一人の男を捕まえた。それが桜司郎だった。その不安げな表情が、忘れかけていた弟のそれと幾度も重なり、桜司郎を気にかけるようになる。そうしていると、今度は弟にも許されたような気持ちになれたのだ。
「……ずっと、忘れとったんやけどなァ」
松原はぽつりと呟くと、膝を抱える手に力を入れる。
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